府立大阪中学校(北野高校前身):常安町 |
| 最先端の近代教育がなされた。地理、物理、数学など、洋学の教科書は全て原書。国学、漢学の程度も高く、「神皇正統記」「孟子」が使われていたと言う。英才学校の名は天下に轟き、195人の在学生中、越境入学者97人、ヨーロッパ人生徒も1人混じっていた。エリートの矜持に裏打ちされた、自由と反骨の大阪的な校風が生まれた。 |
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明治から大正にかけて、中之島はまさに「新たな都市施設の揺籃の場」といった様相を示す。
中でも瞠目されるのは「学校」。さまざまな種類の学校が、中之島に設立され、やがて、他の地区に移転していく。
中之島は、大阪における「新時代の人材育成機能」のパイロット・スタディの地であったと言えよう。 |