そのイベントのひとつが、淀屋橋の三菱UFJ銀行大阪ビルギャラリーラウンジで行われる「ええしSEMBAart写真展」です。
ここでは、船場周辺のレトロなビルを「鶏卵紙」という古典的な技法で印画紙に焼きうつした写真を展示しています。この味わいある作品を制作している写真家、Studio M.Y.KU(スタジオ・マイク)の山本幹夫(やまもと みきお)さん、山本功巳(やまもと くみ)さんに、写真の古典的技法や歴史的な建築物撮影に対する想いなどをお聞きしてきました。
(★マークは、Studio M.Y.KUおよび「ええしSEMBAart写真展」提供)
■昔、とある展示会で古典的技法の作品に出会い、魅了される。
-ごく最近、撮影されたそうですが、セピア色の写真は、まるで建物が竣工された昭和初期に撮られたように見えます。
「写真の古典的技法のひとつで、『鶏卵紙』という19世紀から20世紀初頭に使われた印画紙に転写したものです。
現在は、ゼラチンシルバープリント、銀塩写真といわれる印画紙が主流ですが、『鶏卵紙』はその名の通り、材料に卵の卵白を使用します」
-「鶏卵紙」を使えば、このようなセピア色の画像になるのですか? あるいは、あとで着色しているのですか。
「着色は、一切していません。乳剤に硝酸銀を使えばこのようなセピア色になりますし、硝酸銀の代わりにクエン酸アンモニウムを使えば青く発色します」
左が硝酸銀を使いセピア色に発色させた写真の一例。右はクエン酸アンモニウムで青く発色させた例。
建物はともに「綿業会館(日本綿業倶楽部)」。★
-デジタル時代、パソコンで画像加工もすぐにできますが、敢えて古典的な技法をお使いになる理由は?
「この色調と風合いが、もうたまらないほどの魅力なのです。
デジタルでも近いものができるかもしれませんが、やはりこれに勝るものはありません、というかできません。
私も日常の仕事はデジタルで撮影してデータで納品がほとんどですが、『写真家』としては印画紙にプリントして初めて、作品として完結すると思っています。
また紙選びなども重要なファクターとなります。写真によって紙そのものを変えることもありますし、卵白液や乳剤を塗布する時に、1枚1枚、異なる状態になることもあります。従って元の画像は同じでも異なった仕上がりになります」
-「鶏卵紙」は卵白を使うとおっしゃいましたが、具体的にどのように作るのですか。
「まず、卵白をろ過した液に紙を浮かべ、卵白液を塗布します。乾燥させたら、今度は乳剤の硝酸銀水溶液に浮かべ塗布します。これを乾燥させたら印画紙ができあがります。
あとは印画紙に紫外線や太陽光で感光させ、水洗いすると作品が完成します」
-古典的技法としては、「鶏卵紙」以外の方法もあるのでしょうか。
「『鶏卵紙』を使ったアルビューメンプリント以外では、青写真、日光写真とも呼ばれるサイアノタイププリント、それにプラチナパラジウムプリントなどが代表的なものですね。
私はノスタルジックな風合いなどから、『鶏卵紙』を選びました。
古典的技法の作品として、一番わかりやすいのは明治維新の頃の写真でしょうか」
-そもそも古典的技法で作品を創ってみようと思われたきっかけは?
「古典的技法の第一人者に、栗田紘一郎先生という方がいらっしゃいます。かなり前になりますが、とある展示会で栗田先生のプラチナパラジウムプリント作品と出会い、ひと目で魅了され、先生のワークショップに参加するなどしていました。しかし先生がニューヨーク在住ということもあり、その後は試行錯誤を重ねながら独学でやってきました。
栗田先生は2020年ごろにアメリカから戻られたのですが、その時に偶然に再会し、以来ずっとお付き合いが続いています。今は丹波篠山のアトリエでご一緒させていただき、先生の技術やノウハウを学んでいるところです」
■学生時代から、レトロなビルは大切な被写体でした。
-歴史的な建造物は、以前から撮影されていたのでしょうか。
「私は写真学校の学生時代、ずっとこのギャラリーの近所でアルバイトをしていました。毎日毎日、芝川ビルさんなどの前を通っていたのです。その度に『いいビルが多いなぁ』と思い、時間があれば撮影していました。『鶏卵紙』を知る前から、私にとってこれらのビルは、ずっと大切な被写体だったのです」
鶏卵紙を使った山本さんの作品を、いくつかご紹介しましょう。
●鶏卵紙を使った作品の一例
芝川ビル モダンテラス(左)と外観(右)★
綿業会館(日本綿業倶楽部) 階段(左)と外観(右)★
大阪ガスビル 外観★
-「鶏卵紙」をやっているから、レトロビルの写真を撮ろうと思ったわけではないのですね。
「そうです。きっかけは3年ほど前。『船場博覧会』の事務局の方から私に『船場博覧会の中で、歴史的なビルの写真展をやりませんか?』というお声がかかったのです。
ちょうどその時は、栗田先生と再会し、『鶏卵紙』の研究に取り組んでいた時でしたので、ビルを古典的技法でプリントするとよいのではないかと考え、『ええしSEMBAart写真展』を開かせていただくことにしました」
2024年の「ええしSEMBAart写真展」の様子。
-「船場博覧会」では歴史的なビルをめぐるツアーなども企画されているので、ぴったりな展示会だったのでしょうね。
「そうですね。写真展を開催して以来、毎年、この三菱UFJ大阪ビル1階ギャラリーラウンジで、展示会をさせてもらっています。たくさんのお客さまにご覧いただき本当にうれしいですね」
※2024年の「船場博覧会」のサイトはこちら。
https://semba-navi.com/event/sembaexpo2024/
-撮影するビルのセレクトは山本さんご自身で行っているのですか。それとも船場博覧会の事務局さんでしょうか。
「私がチョイスしています。私が、自分の好きなビルである綿業会館さんと芝川ビルさんを撮りました。それから大阪ガスビルさん。今年になってから堺筋の生駒ビルヂングさんも撮りました」
-ビルの撮影でご苦労されることはありますか。
「なるべく人や自動車を入れたくないので、それがちょっと大変かもしれません(笑)
早朝のまだ人が居ない時に撮ったりしています。でも大阪ガスビルさんは御堂筋、生駒ビルヂングさんは堺筋と、自動車の多い通りに面しているので外観撮影には本当に苦労しました」
■中之島は昔から馴染みの地域。素晴らしい風景を写真として残したい。
-山本さんはもちろん、建物の写真だけを撮られているのではないですよね?
「1993年、大阪市北区に設立した『Studio M.Y.KU』で、日頃は広告写真を撮っています。建築物はもちろんですが、モデル撮影やフードの撮影が多いですね。
『鶏卵紙』を使った建築物の写真は、純粋に自分たちの作品として制作しています。
今のところ、実際に『鶏卵紙』のプリントをご覧いただく機会は、年に一度の『船場博覧会』だけですが、来年に向けて新しい建物も撮っていきたいと思っています」
-これからは、どんな建物を撮っていきたいですか。
「今、撮りたいなと考えているビルがいくつかあります。大阪市には北船場を中心に、撮りたくなるようなビルがまだまだたくさんあります。歴史的な建造物から小さな古いビルまで、本当に創作意欲を駆り立てられる建物が多いので被写体には困りませんね(笑)」
-中之島の建物は、いかがでしょうか。
「中之島には大阪市中央公会堂や大阪府立中之島図書館、日本銀行大阪支店など、素晴らしい建物がたくさんありますし、いずれ中之島の建物も『鶏卵紙』でプリントしたいと思っています。
もともと中之島には、私が学生の頃からよく行っていました。それにフェスティバルタワーのキヤノンギャラリー大阪などギャラリーが多く、今でも何かと行く機会の多い地域です」
-学生時代、淀屋橋の近辺でアルバイトをしていたとお話しされていましたね。
「そうです。写真学校の授業が終わり、アルバイトまで空き時間ができた時は、たいてい中之島公園で過ごし、大阪市中央公会堂などを撮影していました」
-これからも中之島の写真を撮り続けていただけますでしょうか。
「中之島はますます、オシャレな街になってきました。大阪の長い歴史も感じられる地域ですし、大阪市の中では緑も多い場所です。撮影のためだけではなく、ちょっとひと息つきたい時や何か感性を刺激したい時など、私にとって何かの折々に訪れたい地域でもあります。そんな中之島の様子を写真として残していきたいですね」
Studio M.Y.KU | |
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電話 | 06-6882-5458 |
アクセス | 〇地下鉄扇町駅 下車徒歩4分 〇地下鉄南森町駅・JR大阪天満宮駅 下車徒歩10分 |
ホームページ | https://www.studiomyku.net/(Studio M.Y.KU) https://www.studiomyku.net/artpj-eeshisemba(マイクアートプロジェクト) |